中森明夫が怒った! ― 2007年04月07日 22:03
『週刊朝日』(4/13号)
で、中森明夫が慶応義塾大学に怒っている。中森は、かつて「おたく」を流行語に仕立てあげたコラムニスト。慶応の非常勤講師として「ポップメディア史」を教えてきたものの「人にはどうしても譲れないことがある」と感じたという。毎回の講義にはゲストを呼んで学生の前でダイアローグやってきた。例えば飯島愛とか篠山紀信とかiモードの
仕掛け人松永真理といった面々。怒りは「電動車椅子に乗った身体障害者のお笑い芸人」、ホーキング青山を呼んだ
時に起こった。それは、中森とゲストとが対話する際に使うテーブルが、ホーキング青山の時には用意されて
おらず、しかもそれがうっかり、とか忘れて、ということで用意されなかったのではなく、意識的に「大学側が貸し出し
を断ってきた」からだったとのこと。講義のなかで中森は「飯島愛の時にあったテーブルが、ホーキング青山には出せな
いって、天は人の上に人を造らずじゃなかったのか、中庭の銅像のユキチ先生も泣いている」となじったらしい。で、
これを知ったか知らずか後日大学の事務局から電話がかかってきて「激しい口論になった」。そこで中森は「ひどく失望
した」。大学の事務が、車椅子の障害者が遠い校舎(=藤沢キャンパス:引用者)まで来てくれたのに「テーブルも出さ
なかった非礼の重大さを理解していない様子」だったから。で、非常勤講師の更新はやめることでその怒りを表現した、
というのがこの話。
実は、中森の文章だけでは、大学側がなぜホーキング青山にはテーブルの貸し出しを断った のか、中森と事務との「激しい口論」のなかみはいかなるものだったのか、は明確にはわからない。
しかしながら、 大学の事務というのは、私たちの想像をはるかに超えるような対応をしがちである、と補助線を引いて中森の文章を読むと 「あぁ、やっぱそうなの」と妙に納得してしまうのである・・。
実は、中森の文章だけでは、大学側がなぜホーキング青山にはテーブルの貸し出しを断った のか、中森と事務との「激しい口論」のなかみはいかなるものだったのか、は明確にはわからない。
しかしながら、 大学の事務というのは、私たちの想像をはるかに超えるような対応をしがちである、と補助線を引いて中森の文章を読むと 「あぁ、やっぱそうなの」と妙に納得してしまうのである・・。
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