オバマの失速2010年11月04日 18:17

各紙の朝刊1面の見出しが「オバマ民主大敗」。
アメリカ中間選挙は「予測通り」となった。
朝日には「茶会旋風」という添付見出しもある。
大敗の背景として共通した認識が「経済問題」。
高どまる失業率,一向に兆しの見えない不況,
財政危機等々。
オバマ自身も「経済問題」がネックだったと
小括する。

しかし,むしろ底流となっているのは,
茶会(Tea Party)
に象徴される動きと思想ではないだろうか。
国のあり方について「個人の自由と責任」
が強調されてきたアメリカが再び前面に躍り出た
と読めるからである。
アメリカにおける根っからの保守主義が勢いづいた。

例えば,今回の選挙結果をうけて,

オバマの目玉政策の1つが,今年3月に成立し,
4年後に本格実施となる
「医療保険制度改革法」であった。
「国民皆保険」という
「常識的」「標準的」には
あたりまえの制度が,
いわゆる先進国の中で唯一なかったのがアメリカ。
歴代の大統領が実現できなかったことに
オバマがようやく漕ぎつけたのである。
それも再び“振り出しに戻る”可能性が出てきたかに見える。

アメリカにおいて破産に陥る理由のトップは「病気」
といわれてきた。
国民の6分の1が無保険者ともいわれてきた。
保険制度が不在・不備だったからである。
だから「医療保険制度改革法」は,
一歩前進すると見られてきた。
少なくとも現状を変えるだろうと見られてきた。
しかし,それも危うくなった。
「大きな政府」への反発,アレルギーは
一筋縄ではアピーズできないことが示された。

刑務所はおろか軍隊の民営化を平然と主張する,
その由って来るところを
みくびってはならないことを示唆した。

オバマ大敗,これは「一歩前進,二歩後退」なのか。
オバマの射程も所詮Three OutでChangeというレベル
だったのか・・。

それにしても,
米国民も,この地における民と同様
大きく“揺れ”るものであることよ。





プロのワザ2010年11月08日 21:28

このブログで何回か“プロ”の消滅を嘆いてきた。
それが,そうでもないかもね,と思わされることがあった。
週末,日本シリーズ(TV中継)を見たからである。
今回のドラゴンズVSマリーンズは,
まことに異例づくしであった。

延長戦が3回もあった。
ドラゴンズが粘って対戦成績を5分にもどした第4戦。

王手をかけたマリーンズが,終盤かろうじて追いつき,
延長15回までもつれこみながら,
結局引き分けに終わった第6戦。
5時間43分の試合時間は,シリーズ史上最長。

昨日の第7戦は12回の攻防のすえ,
マリーンズが勝ち,優勝ペナントを得た。

解説していた江本孟紀によれば,
延長戦の形でもつれるのは,
両チームともに決め手を欠くからで,
プロとしては決して褒められたものではない,
ということになるらしいが,
シロートの我が身からすれば,
一球一打,
ことごとく息を凝らす連続であった。
まさにプロフェッショナルの仕事にほかならなかった。

プロのなせるわざというのは,
ドラゴンズとマリーンズ。
何れも,当方にとって贔屓の情とは無縁であり,
いわば純粋に試合の展開そのものに
釘付けになった謂ということである。

打者の癖を十全に掌握した上での
バッテリーの投球術。
対する,
配球を読みきって変化球をとらえる打の必殺技。
投げる動作の一瞬の隙を突く盗塁。
守備位置を難無くこえるかと思われる打球を
背走しつつグラブにおさめる超美技。
むろん,
それぞれの監督の哲学の違いも際立っていた。
これらすべてが「理」に基づいている,
というのもプロたる所以である。

第1,2,5戦の地上波によるテレビ全国中継が
なかったのも異例であった。
視聴率で身動き取れないTV局には
プロを見抜くプロが不在ということなのだろう。
やっぱ,プロは消滅している・・?


「仕分け」の仕分け2010年11月18日 12:07

連日「事業仕分け」第3弾のニュースが流れる。
昨日槍玉に上がった1つに「総合特区」があった。
「総合特区」は現政権のアイキャッチャーである。
という看板政策である。
その予算計上が「見送り」となった。
首相みずから音頭をとる政策も,
「仕分け」の対象から外さない,
という点で溜飲を下げ,欣快の至りと
受け止めた向きもあろう。

「しかし,ねぇ・・」と思わざるをえない。
「見送り」の理由が釈然としない。
計上予定額「820億円」の積算根拠が不明だから,
という仕分け人の言い分が腑に落ちない。
仕分けの指揮をとる枝野幸男曰く,
「いくらかかりそうなのか分からないという中で
800億円と言われたって『はいそうですか』と,
どう考えたってならない」(朝日朝刊)。

本当に「どう考えたってならない」のだろうか。
具体的に積算根拠を明快にしさえすればよいのだろうか。
積算根拠を示した瞬間,
「新成長戦略」の色がなくなる,
凡庸・月並み・陳腐の出番となるのがオチではないのか。

クリエイティブな発想こそ求められるものではないのか。
クリエイティブであることを追求するのだとすれば,
「まず,これ(=800億)で斬新な企画を!」
というのがとるべきスタンスではないのか。

「どう考えたって,仕分け実績をあげたいだけ」
としか思えない。
「事業仕分け」のナンセンス,
厭わしさがせり出す,今日この頃ではある。




ことばのあや2010年11月28日 19:56

先日,学生と話をしていて,
何かの流れで,
「それは,ことばのあやというものだよ」
と言ったら,通じなかった。
試しに,
言外の意味,含み,含蓄などを質してみたら
「れ,れ,れ」の連続だった。
まして,
「諷意=ふうい」などは・・。

先日,法務大臣が辞任した。
支持者の集まりで失言したのが,
その理由だった。

失言というのは,周知のように
「国会答弁は二つのフレーズだけ覚えておけば済む」
というもの。
つまり,
「分からなかったら,
『個別の事案については答を差し控える』か
『法と証拠に基づいて適切にやっている』と
言えば万事OK」と言った,というのである。
これが国会を軽視し,侮蔑するということで
糾弾され,結局辞任となった。

本人は「ジョーク」で言ったのだろう。
支持者,つまり内輪の集まりで,
ウケを狙って言ったのだろう。
「二つのフレーズ」というのは,
新しく法務大臣が就任すると,
官僚がマニュアルよろしく?教示する
「魔法のふた言」とも言われているようだから
ひょっとするとアイロニーだったのかもしれない・・。

むろん,国会答弁で,この「魔法のふた言」
しか発言しなかったわけではない。
しかしながら,
民の声は
「二つのフレーズしかもたない無能法相なんかヤメロ」
の合唱となった。
実際に,大臣としての技量・才覚が
欠けていたかもしれないが,
この合唱は,どうにもシャレにもならないのである。

法相がふっとんだ
と同時に
ことばのあや,もふっとんだのである。