「巨人」としての「船場吉兆」か,「船場吉兆」としての「巨人」か2008年05月15日 16:05

新聞各紙の「おくやみ」欄に,湯木昭二朗の名が載っている。とりたてて解説めいた記事はない。ひっそりと,という形容がちょうどあてはまる感じである。紹介も,「吉兆」創業者湯木貞一の長女の配偶者であり,東京吉兆の元社長を務めた程度にとどまる。生前,「船場吉兆」の一連の不祥事についてはいかなる所懐をおもちだったのか。

きょうは木曜日。日経朝刊に豊田泰光がコラムを担当する日である。「大阪の料亭が焼き魚や刺し身のツマの食べ残しを盛り直して,別のお客に出していたという。」冒頭このように書いて,そのあとプロ野球の話を書く。「・・別のお客に出していたという。ふと頭に浮かんだのは巨人の野球」とつなぐのであるが,豊田の話が面白いのはこういうサプライズにある。

「船場吉兆」の不祥事と読売巨人に共通性を発見するのである。巨人は「よその球団が味を試した外国人やFA選手を取っては盛り直し,フィールドに出している」というわけである。船場吉兆の“ささやき女将”にいわせれば,自分のところのケースは客が「味を試した」ものではない,何を勘違いしている (~_~メ) ・・ブツブツとなるのであろうが,この際,誤差範囲と考えたい。要は,素材が旬に発揮する至高の力にまったく無頓着でいられるその無神経が問題なのだからである。儲け=勝ち,に行って全てを失う,という構図は凡庸そのものなのだが・・。

日銀総裁の村上ファンドへの出資問題2006年06月14日 22:35

日銀の福井総裁が村上ファンドに1千万出資していたことが明るみに出た。総裁になる前(正確には日銀の副総裁を辞めて総裁になるまでの間の富士通総研の理事長時代)に「もの言う投資家」としての村上世彰の志に魅了され、村上ファンドに出資したというのがその内容。日銀の内規や法的レベルでは問題なし、というのが政府・与党の判断とのこと。しかし、総裁就任後も出資を引き上げなかったらしいから、日銀総裁=金融政策の元締めとして考えると妙な違和感はぬぐえない。

いま1千万円を銀行預金すれば1年で得られる利子はせいぜい5万円ほど(利率0.5%で算出)。金融政策が超低金利(限りなくゼロ金利に近い)を追求してきたからだ。つまり「妙な違和感」は、超低金利(ほぼゼロ金利)を政策的に貫きながら、自分だけは「こんな低金利でやってられるか」とばかり村上ファンドに金を預け、結果として年利20%以上を取得していたという構図が浮かびあがるところに発している。これは、どうみてもやっぱり変だね。

若手医師、脳神経外科を敬遠2006年05月12日 22:03

日本脳神経外科学会の調査によると、2年間の臨床研修を終えて、専門分野として脳神経外科を選ぶ若手医師が減少しているという (Asahi.com)。「全国80大学のうち23大学で、新たに脳外科を選んだ医師が一人もいなかった。都道府県別でみても9県 でゼロ」とのこと。同学会では、こうした傾向がなぜ生じているのかの理由は明らかにしていないが、同じように医師の減少が進む産婦人科や小児科で指摘されてきた、訴訟、トラブルを避け、昼夜の別のない重労働を敬遠するといったことが否定できないと見ているようだ。比較的負担がかるいと思われている科も診療報酬は同一というのも大きな要因と見られる。いわば費用(負担)対効果(報酬)を勘定した結果というわけである。「医は仁術」から「医は算術」への動きを反映したもの、といえば凡庸な解釈に過ぎようか。ともあれ、医療も聖域にあらず、競争原理を導入すべき領域ととらえる今流行の見方に対応した現象であることは間違いない。知の分野では「脳」をめぐる一種のブームが続いている。これと「脳の現場」との落差はあまりにも大きいというほかない。

先日、テレビを点けたら放映していた、脳外科医の上山博康のことが思い出される。彼は「神の手を持つ男」と言われ、これまで手がけた脳動脈瘤は5000件以上らしい。40代の女性の異様に大きい脳動脈瘤の手術を、彼が想定する限りで最高のスタッフ、ベストのチームで成功させた場面で次のようなことを言っていた。「たった一人の人間の命を救うのに何人もの専門家が10時間、15時間にわたって力を合わせる。これは、多数の人間の命を一瞬にして奪う戦争に対するどんな人の考えも確実に変える」。上山は団塊の世代に属する。団塊の世代は、利己的であるかもしれないが、利他的であることもまよわずに引き受ける世代でもある。