いずれ公僕はGPS(全地球測位システム)の監視下に?2007年11月03日 23:45

昨日の新聞(朝日・政治面)に「GPSで秘密行動させぬ」という小さな記事があった。防衛相・石波が,前事務次官の在任中の無断?休日ゴルフを教訓化し、防衛省幹部は居場所を明らかにすべし、と主張しつつ、GPS機能付ケイタイ所持の義務化をはかるという内容。 “軍事オタク”というのが石波の異名のようだが、まさにそれを証明する話とみられる。ピンポイント攻撃の威力に篭絡されてしまった軍事オタクといえばいいか。石波は「行動が把握されるのが嫌だったら、そんな人は防衛省にいなくていい」とも言ったようだ。そのうち、広く公衆に奉仕する者、つまり公僕たるものは、常に居場所がわかるようにしておくのが当たり前、ということになりかねない。個体識別技術の進化はとどまるところを知らない。例えば、今年の『情報通信白書』のテーマは「ユビキタスネットワーク」だから、あながち荒唐無稽な予断というわけではあるまい。生物、無生物を問わずあまねく(ubiquitous)存在するものに固体識別のタグを取り付け、ネットワークで連結する、これがユビキタスネットワーキングにほかならないからである。

「道徳」を格上げ?2007年03月30日 23:55

教育再生会議が「道徳の時間」を格上げして「徳育」という「教科」に するよう提言する方針という。朝日の朝刊では1面トップ。異例のこと にWebでも リアルペーパーの全文をそのまま掲載した。

それに対して、 文科相が慎重姿勢示す とのこと。しかし、一番の問題は、なぜ、いま「道徳」なのか、なぜ「道徳を徳育として 『教科』に格上げする必要があるのか」についてはまったく言及がないことだ。それらしい のは、わずかに「道徳の時間は取られているが、きっちり行われているかというと 先生方も熱心でない方もいるし、教材も充実していない」との再生会議メンバー のコメントがあるだけだ。これでは説明にはなっていないし、まったくお粗末というほかない。

しかし、なぜいま「道徳」だとか「倫理」だとかをことさらに持ち出さなければ ならないかの理由は明らかというべきだろう。単純化していえば「グローバリゼーション」という市場原理主義 を競って取り入れてきたことがそれだといわざるをえない。例えば、家族の解体といわれる。それは、家族という「共同体」のすみずみまで 商品経済=市場経済が浸透してしまったことと同義である。家族は営利とも強権とも 違った人間関係を教える場である。それが限りなく後退し続けている。ということは、問題の所在ははっきりしている。わけもなく「道徳」やら「徳育」やらを言い立てるのではなく、「グローバリゼーション」を制御することこれである。これはもちろんムズイ、難しい。

ともあれ 「お金をもうけることは悪いことですか」と悪びれずカメラの前で言い放った 村上世彰は「なぜ『倫理』なのか?」を最もわかりやすく示してくれたのは間違いない。彼はだからぜんぜん捨てたものではないのだ v(^o^) 。

亥年は天変地異の年2007年01月17日 12:39

亥年は天変地異の年といわれる。関東大震災(1923年)がそうだったし、12年前の阪神大震災もそうだった。1995年の1月17日(火曜日)のことは良く覚えている。当時、週末(金曜日)仙台に戻り、週初め(火曜日)に上京する日常だったが、朝7時半仙台駅に向かうクルマのなかのラジオで知った。出かけるまでテレビをつけていたはずなのに、そこで報道されたという記憶はない・・。その夜、勤務先で定年を迎える方の送別会があり、その会場に向かう途中に買った夕刊で、この日の早朝神戸で何が起こったのかの詳細がわかった。見出し文字のサイズは最大。被災の様子を伝える写真と文字に釘付けになった。震えをおぼえた。送別の宴はもっぱら神戸の話しで終始した。

大地震といえば、個人的には1978年6月12日の「宮城県沖地震」。17時14分に発生したマグニチュード7.4(震度5)の大地震。幹線道路にある横断歩道を渡りきったところで遭遇した。最初の何秒かは何が起きたのかが分らなかった。「地震だ!」と気づいてガードレールにしがみついたことを覚えている。道路(地面)に立っていながらまるで小さなボートにのっているような奇妙な感じだった。恐怖というのとも違う日常にはない感覚を初めて体験した。その時に得た教訓。①大地震は、地震とわかる形では襲ってこない。いいかえれば「あっ、地震」とわかる時には基本的に身の危険はない(だろう)ということ。②いわゆるライフラインがストップした時に何が一番不自由かといえば「水」がなくなること。電気やガスや通信も困るが「水」の比ではない。

今朝NHKでは次の3つのことを強調していた。①建物の耐震強化をはかるべし。②ライフランを念頭に非常時への備えをはかるべし。③地域での助け合いの態勢を構築すべし(神戸では、家屋の倒壊や家具の転倒によって下敷きになった人の8割が地域の人に救助されたという。その数3万人以上)。地域コミュニティが大事だと・・。ともあれ巨大地震はいずれやってくる。

朝日の新春企画2007年01月03日 22:35

朝日で元日からスタートした企画の1つが「消費者の時代へ」。今日のテーマはサイバースペース上で商品売買を行う「電子商取引」。ネット上の商習慣はまだまだ発展途上に過ぎないので、まずは既成の(現実社会の)法律を厳格に執行することが必要(詐欺なら刑法、誇大広告なら景品表示法etc.)という至極凡庸なことをいっている。唯一目に付いた箇所が、ネットの商売は「参入が簡単なため、プロ意識がない売り手が多い」という指摘。プロと素人の境界が急速に融けつつある、というのは最近いたるところで実感するが、それがインターネットという新しい(まだ“新しい”、といっていい?)メディアの普及とシンクロしているとすれば、そのメカニズムとはいかなるものかを読み解くことは結構面白いのではなかろうか。

この企画。元日は小林武史が登場していた。いわずと知れたミスチルやサザンのプロデューサー。こちらはインパクトがあった。なぜかといえば、小林は地球温暖化や環境に関心を持ち、それが消費者意識や消費現場と密接につながることを見通しているように思われるからだ。しかも小林がこうした問題意識を抱いたのは「9.11」があったからというのも興味を呼ぶ。「資本主義のランドマークタワーが崩れ落ちたあの事件をきっかけに、社会のあり方を勉強し、自分でもできることはしていかなければ、と思うようになった」という。“対テロ”と発想した圧倒的多数派とは違ったスタンスは注目されていい。

具体的には何をしているか、といえば、坂本龍一や桜井和寿と3人で資金を拠出し―桑田佳祐なんかはその気はまったくないのだろう―、非営利組織「ap bank」(ap=artists’ power)を設立。省エネ関連や自然エネルギー志向などの環境関連のプロジェクトに低利融資(金利1%)を始めたとのこと。昨年ノーベル平和賞を受賞した貧困層を対象にした低金利・無担保融資を行う“貧者の銀行”を連想するような試みといえばよいか。

金利1%は、1億円貸しても年に100万円の金利収入しかないことを意味する。つまり金融(資金融通)といっても、どこまでも膨張し続ける昨今の金融経済とは異質なところがいい・・。