閉塞感の中での慰め ― 2011年03月31日 20:52
進捗はしているものの、
それがなかなか目に見える
格好にならない。
だから頗るもどかしい。
こうなれば長期戦覚悟で
と自らに言い聞かせるほかはない。
『随筆 本が崩れる』が見つかった。
著者は、中国文学から出発し、
博覧強記で知られた草森紳一。
表紙の袖に
「とつぜん、崩れる。地震で崩れる。
何万冊もの蔵書が、凶器となって、
ふりかかる。これは読書の快楽への
罰なのか。・・」とある。
この本を哂いながら読んだ記憶が甦る。
そう昔のことではない。
今回は哂った罰がふりかかった・・のか。
池波正太郎『食卓のつぶやき』も出てきた。
単行本もあるはずだが、これはみつからない。
再読したくなった時に、
単行本がなく、
あらためて文庫本を買い求めたのか、
いまではわからない。
「仙台にて」というページがある。
いまはなき[ねぼけ庵]という
居酒屋というよりは渋い縄のれん
というべき店に行った話である。
そういうと、主人と二人きりで
店をやっているおかみさんが、
「何でも、うまいですよ」
しずかに、こたえる。
自慢の声ではない。自信の声なのである。
先ず、しめ鯖と秋刀魚の饅(ぬた)をとる。
池波の表現は、
買い物が不自由で、
ライフラインもままならず、
生活日常が立ち行かぬ現実と
閉塞感から解放してくれるのである。
こうした現実逃避が重なれば
やっぱり「片づけ」は遠のくばかり
と相成るのである・・。
巨大地震から2週間 ― 2011年03月25日 22:18
突然抛り込まれたと思った
あの瞬間から2週間。
街の表情は依然普段とは違い、
こわばったままである。
店には品物が並ぶようになったが、
ぎこちなく貨幣をプロポーズする姿は
商品経済とは位相を異にする。
建物の損傷が大きく、
研究室への入室ができずにいた。
ようやく昨日、時間帯を設ける形で、
解禁された。
本の海の状況には変わりがなかった。
これをどうやって片づけるのか。
カミュの「シジフォスの神話」を思い出した。
私というレベルでの日常への復旧に
どのくらいかかるのか。
あせらず、気長に取り組むほかない。
沿岸部の、わたしたちの想像力を打ちのめす
凄まじい現実とは違うのだから・・。
「3.11」という歴史的事象 ― 2011年03月15日 12:07
多くの知人からお見舞いのメールや電話をいただいた。
今朝、ある知人に以下のようなメールを送信した。
ご心配をいただき恐縮です。
家の中はめちゃめちゃですが、無事です。
電気がストップし、かつケータイのバッテリーも
震災後まもなく上がってしまって、
通信環境がアウトになっておりました。
ネット時代とはいうものの
種々の情報端末も含めて
電気(バッテリ)の問題にすぐ直面した格好です。
大学のサーバもようやく今朝復旧しました。
ソーシャルメディアが触媒になったという
ジャスミン革命を分析するとすれば、
対自化せぬまま即対応を迫られるメディア
ということと同時に、この通信環境の問題は
重要な論点の一つではないかと思った次第です。
ともあれ、
今回の揺れはこれまでに経験したことの無い規模でした。
大学の研究室も本の海と化しました。
いまは入室禁止になっております。
ともあれ海辺に近いところでは、
破滅的な状況になっているようで、
知り合いがどうなっているか
非常に心配しているところです。
ゼミ生ついてもまだ全員の無事が確認できておりません。
石巻や塩釜から通っている学生もいますので
心を痛めております。
原発についても、
どうやらきわめて深刻な状況に突入しているように思われます。
「3.11」がまさに新たな歴史的事象になりました。
わたしたちが
いかにもろい社会的基礎の上で
日常を過ごしているのかを
あらためて痛感させられました。
ライフラインは、電気、水道は復旧しましたが、
ガスについては最低1ヶ月はかかるだろうと
報道されています。
東北新幹線も今月中の復旧は見込めないようです。
もちろんライフラインにとどまらず
「経済社会」というあり方が俎上に載った
ということだと思います。
昨日は暖かい日でしたが、本日は一転、
冬日となりました。
取り急ぎ、御礼方々、ご報告申し上げます。


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