あぶないなぁ、この「塾」 ― 2006年03月09日 11:40
『立花隆の無知蒙昧を衝く』や『養老教授、異議あり!』を出している出版社の社長から次に出したいと思っているのは「松下政経塾の企画」だと1年ほど前に聞いた。その後刊行されたとは聞いていないのでこれがどうなったかはわからない。それはともかく、『論座』4月号(朝日新聞社)
が「松下政経塾の全貌」を特集している。塾出身の国会議員がいま30人。日本共産党(18人)、社民党(13人)であることを思えば大変な数字だ。しかも30名の所属は民主党16、自民党14とほぼ半々。要するに保守系議員を生みだすプールとして機能しているということだ。前回は民主党、今回は自民党から出馬というケースも驚くにあたらない。塾出身の逢沢一郎 前原誠司 野田佳彦 伊藤達也 松沢成文 中田宏 秋葉賢也 玄葉光一郎 原口一博 松原仁などを並べてみると確かにアイデンティファイするものが同じだという印象をうける。体制を決して否定しない、これを壊さない「優等生」とでもいえばいいか。スキルだとかゲームだとか、スキームだとか、そんなカタカナ語を多用するいわば現代合理主義っ子という感じだ。もちろん「小さな政府」は当たり前、脱福祉、自己責任も疑う余地のないカテゴリーという具合。『論座』のなかで、注目されるのは、塾創設者の松下幸之助が亡くなった1989年までの10年間、実際に政治家になったのはたった一人だった(逢沢一郎のみ)という点、しかし92年の日本新党の登場が大きく状況を変えたということ。とくに93年の衆院選では塾出身者15名が日本新党で当選したことが本格的な政治進出のはじまりだったという。塾生の政界進出が、細川政権の誕生、すなわち自民党単独長期政権の終焉と重なったということだ。ところが細川政権そのものは、「金銭スキャンダル」(『論座』ではこれが佐川スキャンダルと誤った内容になっている。佐川スキャンダルはむしろ自民党失墜のきっかけだったのに)によってわずか8ヶ月の短命に終わり、その後相次ぐ新党ブーム(政党の離合集散)のなかで塾出身者は急速に出番の機会を失ったという。そして昨年の総選挙。塾出身者は「小泉チルドレン」として再び舞台の前面にたった。わたしたちは勿論、例えば現杉並区長の山田宏(塾二期生)が「塾関係者の間では『民主党にいれば今頃代表だった』との見方」(『論座』50-51ページ)があるというようなことを看過してはならないだろう。山田こそ「つくる会教科書」採用の積極的推進者だからである。その山田が民主党の代表に着くことがリアリティをもって語られる現実!。また塾出身者の多くが、幸之助の「政治は国家経営である」の信念を後生大事にかかえ、それゆえに「日本国株式会社の株主代表として株主総会たる国会で働く」ということを恥ずかしげもなく吐露してもいる。「ったく!」
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