初春を寿ぎたし ― 2010年01月06日 21:32
はやくもセカンド・ディケードに突入した。
と,いささかスケールが大きく,
歴史的パースペクティブが,
喋喋される話ではじまれば様になるのだが,
現実はきわめてみすぼらしく,
みじめである。
今年は,一昨日の4日から
「大学」の授業がはじまった。
「大学」としては補講と称する
一種のアリバイ工作が,
12月26日まで続いたから,
今季の冬休みは
なんと1週間(+1日)のみ。
小学校から高校までは,
あるいは多くのまっとうな大学は
まだ冬期休暇中であろう。
もちろん,それが健全というものである。
しかし「大学」は違う。
だてに括弧がついているわけではない。
過日,「講義計画というモンスター」と書いた。
例えば,授業コマ数を増やせば増やすほど
教育効果があがるというのが
モンスターたるゆえんであるが,
それが「松の内」とか「七草粥」といった
正月の行事を無化してしまうのである。
ところで,
授業コマ数をギリギリ増やした結果,
いかなる事態が発生するようになるのか?
「学生」は,
当然防衛本能を剥きだしにして
なんとかしようとする。
話を聴く,
内容をつかむ,
自分の頭で考える,
というようなことには一切近づこうとしなくなる。
そう,
「学生」は,モンスターを前にして
すこぶる健全な反応をみせるのである。
きのうのある場面。
ある学生は書いた。
「温暖化ガスの削減を
地球規模で実現するために期待できるのは,
国連をおいて他ならない」。
「これって,日本語になっている?」と問うも,
書いた本人も,
ほかの学生も完全に???,である。
こうした状況を生みだしたのは
大学基準協会に象徴される
「モンスターをおいて他ならない」のである。
Ach!!
ことしもどうぞよろしくお願い申し上げまする。
発想の転換 ― 2010年01月13日 21:18
私大の年度末は早い。
一年生向「大学入門講義」が,まず終了。
全員に“総括”を話して「いただいた」。
講義のネライだけは伝わったようである。
「何を言えばいいのか」がわかる,つま
り「場を読む」ことができる,とは思わ
れないから,「本心」を語ったのだと思う。
「レジメって,はじめて知った」 今年は発想の転換をはかってみよっと・・。
「ディベートが面白かった。意見を言い合
うなんてやったことがなかったから」
「ディベートの司会って,それぞれの発言を
理解しないとうまくいかないことがわかった。
難しかったけど,楽しかった」
「発言して,誰かにコメントしてもらったら,
最初の考えが変化した。初めての不思議な体
験だった」
「新聞やテレビのニュースを意識するようになった」
「新聞を読むときに,ホントなの?なぜこんな風に
いえるの?って思うようになった」
「発言することに臆病だった。間違っているのが
こわかったから。でも,ミスってもいいからまず
発言するのが大事だとわかった」
もちろん,かつてであれば,
1年生でも「議論」をした。それも激しく。
新聞を読んだ。それも糾弾しながら。
レジメを書いた。それも怒りを交えて。
いまは違うのである。
『中央公論』2月号。背表紙に〈大学の敗北〉とある。
その「特集」の最初が養老孟司。その冒頭に
「大学生の学力がひと昔前の小学生並みになっている」
とある。
その通りである。
しかし,現実を出発点とするならば,
こんな風に考えるのがよさそうである。
小学生だったら,鍛えようがあるじゃないか,と。
砂地に水が吸い込まれるダイナミズムを知るべし,と。
二人の「隆」,軍配は? ― 2010年01月21日 19:14
いわゆる小沢「疑惑」問題。
その真相は,むろんわたしたち一般市民には判らない。
だから,「小沢VS検察」の帰趨に関心がない,ということはないが,
むしろこのガチンコ対決が喚起しはじめたいろんなものが面白い。
ネットが,小沢「派」とでもいうべき色あいが強いのに対して,
旧メディア,とりわけ大新聞はもっぱら反小沢,つまり検察「派」
に立っている。もちろん大新聞は,記者クラブメディアだから,
記者クラブメディアVS「独立」メディアなる構図も発生している。
一貫して記者クラブ批判を展開してきた,「独立」メディア系の
上杉隆は,「検察の狂気」を書いている(発行中の『週刊朝日』)。
検察に操られた記者クラブメディアが,盛んに小沢本人の違法性を
問うているものの,政治資金規正法は秘書の犯した違反であり,
「一連の出来事を『犯罪捜査』だと考えるから真実が見えにく
くなる。これは,人事と既得権を死守しようとする検察=記者
クラブメディア連合体と小沢の『権力闘争』なのである」と喝破する。
他方,もともと「独立」メディア系に属していると見做せる立花隆は,
「疑惑」は,政治資金規正法問題としての土地取引問題といった
「ケチな話」で終わるものではなく「背景はもっともっと大きい」と言い,
検察の動きに蓋然性を見ている(河北新報や中国新聞に掲載された特別寄稿)。
つまり,小沢の公共工事を利用しての「天の声」による利権分配構造は,
田中角栄,金丸信がやっていたこととそっくりであり,小沢の行く末は
田中や金丸と同じではないか,と推測しているのである。
端的に言えば検察の動きに理を見出しているのである。
立花は,その根拠を,小沢の元秘書で逮捕された石川議員の元秘書が
(ややこしいね),実は間諜(スパイ)で,
それゆえ「疑惑」のなかみは検察がよく把握していることに求めている。
上杉は,20年にわたり小沢取材を続けてきた政治記者の話として
「小沢が徹底した法治主義者であり,法律を熟知した上で事を運ぶ政治家」
というのを紹介している。
つまり,小沢は,師と仰いだ田中角栄や金丸信から,
検察との対峙のなかで田中や金丸と同じ道をたどる
ようなDNAを受け継いだと見るのが立花隆であり,
小沢は二人の師の所業をいわばテクストとして教訓化
したとみるのが上杉隆である。
さてさて,どっちの「隆」が的を射ていることになるのか・・。
ようやく“カティンの森”をみる ― 2010年01月25日 20:26

“カティンの森の虐殺”を最初に教えてくれたのは故工藤幸雄さんだった。
工藤さんが,病をえて,入院されたのが2008年3月12日。
その5日前に,映画“カティンの森”の原作となった
”Post mortem: Post mortem-- Opowieść filmowa”
(〈映画物語〉Post mortem またの題〈カティン〉)の全訳を終え,集英社に
訳稿を入れていた。それも「出版の見通しは現在のところ不明」の状態で。
この訳稿が,昨年,集英社文庫『カティンの森』として出版された。

同文庫には,工藤さんの遺稿に訂正・加筆・削除を行った
という意味で共訳者である久山宏一氏の「訳者あとがき」がある。
そこに久山氏は「『カティンの森』は,工藤幸雄のために書かれ
たような作品だったと思う。彼は,事件の真相が公然と語られる
ようになった89年前後から,事件に関する論説を次々と発表し
ている」と書いている。
1989年当時,確かにわたしも折にふれ工藤さんから,
スターリニズムによる“この虐殺事件”のことを聞いた。
人間の途方もない業魔について。どこまでも限度のない冷酷非道について。
逆立する国家の蛮力について。
だから,どうしても見ておかなければならない映画であった。
工藤さんが親しかったアンジェイ・ワイダが,すべてをその制作に注ぎ込
んだ映像を実見したかった。
映像は,言葉をはるかに超えてせまってきた。
映像がもつ固有の力で観る者を圧倒した。
ラストシーンには,ことばをのむしかなかった・・。
最近のコメント