「文士の商法」の顛末 ― 2008年03月07日 12:33
「武士の商法」ならぬ「文士の商法」の破綻ということなのであろう。いわゆる「石原銀行」,正式には新銀行東京の「融資焦げ付き」が86億円であることが明らかになった。実際にはこの何倍もということなのだろう・・。ともあれ,石原慎太郎のアイデア(選挙公約)により,東京都が1千億円を出資して鳴り物入りでスタートした新銀行が青息吐息状態となっている。経営難に対処するために400億円の追加出資案が都議会に提出されているのは周知の通り。
この事態をどう読めばいいのか。2003年の都知事選に際し,石原は,貸し渋り,貸し剥しの横行する当時の金融情勢を見て,文士として閃いたアイデアを公約として掲げた。つまり,資金繰りに苦しむ中小企業に対して,無担保無保証融資をキャッチコピーとするニュー(?)タイプの銀行を設けた。ところが,「審査の甘さから不良債権が膨らみ,08年3月期決算は累積赤字が約1千億円に達する見込み」(朝日新聞・朝刊・本日13版トップ)となった。アイデアは悪くなかった。というよりも,中小企業の窮状を目の当たりすれば,シロウトなら誰でも考えそうなことを具体化したに過ぎない(実行力があっただけ,さすがか?)。
問題は,新保守主義的ないしナショナリスト的な考えをもつ石原が,市場原理主義にきわめてフレンドリーなスタンスを見せていたにも関わらず,新自由主義を甘く見たという点にある。つまり,市場原理を至上とする考えに実は疎かったということである。それは,新銀行東京の債権には,優良な債権がマレであるという点に如実に現れている。従来の銀行が融資の対象と見なさない企業(中小企業)は,新銀行に頼らざるを得ない。この単純な事実の意味するところにまで想像力が及ばなかった。つまり,新銀行東京から融資を受ける=従来の銀行のビジネス対象外,という関係に対するイマジネーションである。新銀行の融資先=従来の銀行が相手にしない企業=取引先の離反=経営破綻=新銀行における不良債権累積,という図式こそ市場原理貫徹の具体例にほかならないからである。文士の商法たる所以だ。Ach!
この事態をどう読めばいいのか。2003年の都知事選に際し,石原は,貸し渋り,貸し剥しの横行する当時の金融情勢を見て,文士として閃いたアイデアを公約として掲げた。つまり,資金繰りに苦しむ中小企業に対して,無担保無保証融資をキャッチコピーとするニュー(?)タイプの銀行を設けた。ところが,「審査の甘さから不良債権が膨らみ,08年3月期決算は累積赤字が約1千億円に達する見込み」(朝日新聞・朝刊・本日13版トップ)となった。アイデアは悪くなかった。というよりも,中小企業の窮状を目の当たりすれば,シロウトなら誰でも考えそうなことを具体化したに過ぎない(実行力があっただけ,さすがか?)。
問題は,新保守主義的ないしナショナリスト的な考えをもつ石原が,市場原理主義にきわめてフレンドリーなスタンスを見せていたにも関わらず,新自由主義を甘く見たという点にある。つまり,市場原理を至上とする考えに実は疎かったということである。それは,新銀行東京の債権には,優良な債権がマレであるという点に如実に現れている。従来の銀行が融資の対象と見なさない企業(中小企業)は,新銀行に頼らざるを得ない。この単純な事実の意味するところにまで想像力が及ばなかった。つまり,新銀行東京から融資を受ける=従来の銀行のビジネス対象外,という関係に対するイマジネーションである。新銀行の融資先=従来の銀行が相手にしない企業=取引先の離反=経営破綻=新銀行における不良債権累積,という図式こそ市場原理貫徹の具体例にほかならないからである。文士の商法たる所以だ。Ach!
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