デジャヴとしてのオバマ2008年11月06日 15:45

米第44代大統領にバラク・フセイン・オバマが選ばれた。立候補を宣言してから2年弱。この間,メディアが取り上げ,とくに民主党における大統領候補をめぐるヒラリー・クリントンとの熾烈なデッドヒートについては,その報道は詳細をきわめた。だからオバマは,遠く離れたこの地においても,ごくフレンドリィな人物となったとも思われよう。しかし,昨日の大統領選は,どうもそのような経緯とは別の次元で,わたしたちにあるイメージを植えつけたように感じられる。言い古されたタームを使えば“デジャヴ”。

9月以降,アメリカは金融危機の様相を一段と深め,1929年世界大恐慌になぞらえて読もうとする試みも広がった。29年の株式市場の瓦落にはじまる大不況。当時の大統領は市場原理主義者のフーヴァー。今回,投資銀行破綻の現実を前にして財務長官ポールソンが,市場原理主義者ブッシュに,公的資金の投入を進言した際,当初ブッシュはこれを渋った。ポールソンは「あなたはフーヴァーになりたいのか?」とたしなめ,それでブッシュは方針を変えたといわれる。フーヴァーは,経済の苦境的状況のなかで,経済は健全といい続け,結局適切な対応をしなかった。その意味で“無能な大統領”としてその名をとどめているからである。今回,慌てて公的資金投入を受け容れたブッシュは,しかしながら“無能な大統領”であることはそのままというべきであろう。オバマは,この“無能な大統領”というお膳立てによってその輝きが一段とますかのように映る。フーヴァー後の歴史を演出し,実質的な効果が疑わしかったのに後世に名をとどめたF.D.ローズヴェルトのように。もちろん,80年前と現在とでは経済構造が全く違う。「ニューディール」が,はたして可能なのか,という問題も大いに残る・・。

オバマの演説の巧みさにも注目が集まっている。記憶に残る声色。リズムをとり,キーワードをちりばめ,聴き手の反応を見定めつつ,一瞬のうちにかれら聴衆を自らの時間と空間に引き込むわざ。2年近くの経験が,天性のものにさらに磨きをかけた。しかし,こうした聴衆を瞬時に捕まえるというのも,例えば60年代初めのJ.F.ケネディの登場とかぶってみえるともいえるのではあるまいか。しかも,むしろロックミュージックコンサートを髣髴されるような舞台(演説会場)のつくりと盛り上げ方に目をむけるべきかもしれない。政治の世界では,ポピュリズムの手法として知られてきたものをよりスキルアップしたといえばよいだろうか。つまり政治的空間をロックミュージシャン的に織り上げた,その意味でいささか独自性をもつといったところではないか。手法そのものはあくまでも既知のものなのである。