若者が肯定するコト2007年03月02日 23:52

昔むかし、「若いという字は苦しい字に似てるわ」という歌があった。これは字の形が 似ているというばかりではなく、若いということが苦しいことととなりあってい ることを含みとした表現だった。若いということは「これでいいのか」と問いかける苦しさ、デンケン(denken=思索)をくぐり抜ける苦しさをひきうけることといえばいいか・・。

きょうの朝日の朝刊。「NHK受信料義務化断念―総務省 今国会提出せず」が1面トップ。これはまあ当然といえば当然。それはともかくこれに関連した記事が2面の「時時刻刻」に。その中見出しは「若い世代『見ないし要らない』」「公共放送 崩れる『基盤』」。要するに「若い人ほどNHKを見ない傾向があり、受信料支払い義務化についても反対が強かった」とのこと。「この調査結果を見た総務省幹部はうなった。『若い世代は、もう公共放送はいらないということなのか』」。確かに「総務省幹部」ではなくとも"うなってしまう"かもしれない。BBCをモデルに「公共放送」という概念を考えよ、とまでは言わないにしても、若者はここまで「民営化」に取り込まれてしまったのか、とつい“うなり”たくなる。デンケンはしないのか、デンケンは?と。デンケンの苦い味を知らずしていいのか、と。

同紙の宮城版には、統一地方選を前にした「連合」関連で「若者を中心に労組離れが進む」が載っている。「民間活力」にそくっと吸収される若者は、苦しさとは無縁な分、いいかえれば「市場原理の苦味を対象化していない分」、若いという印象を与えることからも遠くなっているように感じる。

そういえば、かの歌の出だしは「明日という字は明るい日と書くのね」だった(笑)。今とは180度違う?・・、まるで時代劇(苦笑)。

グーチョキパー「考現学」2007年03月03日 22:28

最近流行の、大学教員が高校に出向いて話をするいわゆる出前授業に関する 河北の記事(本日夕刊)にちょっと面白いことが書いてあった。出前を担当したのは東京理科大の芳沢光雄氏(数学 教育論)。1年生向けの授業で「じゃんけんの確率論」を取り上げたとのこと。同氏の「研究室の大学生が じゃんけんを約1万1000回して統計を取った結果、グーを出した回数が4000回を超えたのに対し、チョキ は3600回、パーは3800回だった。グー、チョキ、パーは3分の1ずつの確率と思われているが、パーが 勝つ確率が高いという」。

ここに載っていることはすでに多くの人は知っているのかもしれないが、「なんでだろう」と気になりだした。 いちばん出す回数が多いグーの勝つ確率が最も低い。なぜグーをだしてしまうのか?グーは戦闘モード だから一種の闘いといえなくもないじゃんけんにもっともなじむからなのか・・。パーというオープン スタイルが最も勝つ確率が高いというのもどこか示唆的だ。自分の場合はどうもすぐチョキをだすなぁ という気がする。ひねくれている証拠になる?・・。日本以外でも同じ傾向が見られるのだろうか。 こんなサイト もある。しばらく「じゃんけん考現学」にひたれそう。

聴講する高校生の反応という点で 出来不出来が激しい感じがする出前授業。この点でもヒントになるような感じの記事だ。

ところ変われば・・2007年03月05日 23:07

本日所用があり上京した。朝、仙台駅でのこと。 地下鉄を降りて地下から地上に上がるエスカレータに乗った。 ここでは右側に人が立ち、先を急ぐ人たちが左側を通っていく。1人の例外もない。そして 新幹線のホームへ上がるエスカレータ。ここでは左に人が立ち、右側を人が上がっていく。 ここでも異端はいなかった。新幹線のホームは東京スタイルというわけだ。ここまで完ぺきな東京スタイルがみられるのは珍しい。地下鉄のローカル スタンダードとは対照的。大阪や名古屋も人々は右側に立つ。こうした違いは何に由来する のか。仙台駅の新幹線へのアプローチはなぜ東京スタイルなのか。今朝の様子では関東からの 来仙組に占められていたというようなことではないと見た。立って話している人たちの 言葉が「みちのく」のそれだったからだ。ちなみに 東京駅の新幹線ホームのエスカレーターは右、左と入り混じっていることが結構多い。 クルマの左側通行(右側通行)というような法による決まりでは ない分、興味が湧く・・。この“なぜ”に迫った“研究”はすでにあるのだろうね・・。

雑誌というメディアの可能性2007年03月08日 21:22

昨日の東京新聞の夕刊の小さなコラム(大波小波)が面白い。 タイトルは「ある編集者の死」。「優れた編集者とは、単に売れる本を 作る者のことではない」と始まるこのコラムが注目した編集者とは1970年代に『現代思想』と『エピステーメー』を創刊した中野幹隆である。いわゆる 「現代思想ブーム」の仕掛け人として知られた。次のエピソード が、中野とデリダの人となりを示す。「篠山紀信の撮った大竹しのぶ のヌード写真集の帯文をデリダに三行依頼したところ、原稿料の高さから 勘違いされて、四十枚の論文が送られてきたという」のがそれ。あのデリダ をして誤解させしめるほどの「仕掛け」を創造するセンスとエネルギーが すごい・・。

コラム子は「雑誌の時代は終わったなどという怠惰な 寝言はやめて、われわれはいかに多くを彼(中野)に負っているかを、感謝 をこめて思い出すべきである」と結ぶ。しかし読者離れがとまらない雑誌の 現状打破ははたして可能か。雑誌が提供するほどのことはほぼWebで 入手可能になっている現実を前に中野だったらはたして秘策を思いつくのだろうか?

きょうの朝刊各紙には、J.ボードリヤールが77歳で没、とある。