〈サンタさんの正体〉2008年12月09日 22:17

子どもが〈サンタさんの正体〉を知った瞬間,子どもの心理にうかぶ“あや”について俵万智が書いている(『河北新報』‘08/12/08)。可笑しいし,面白いのは,正体をわかったうえで「あのさあ,サンタさんて,神様なんじゃない?神様が一日だけ赤い帽子かぶって来てくれるんじゃない?」と息子が言った,というくだりである。「息子は,いとも簡単にその難問(=サンタさんの存在証明)の壁を乗り越えてしまった」というからである。

1980年代のなかば,「サンタクロースの論理としての広告」というのが話題になった。日本が,ジャパン・アズ・ナンバーワンと持て囃され,ポスト・モダンやらニューアカディミズムやらがブームになった時期である。「広告は,鑑賞に耐え得る作品となった」とする芹沢俊介と,これを否定する佐野山寛太との論争がちょっとした話題となった時期でもあった。

「サンタクロースの論理としての広告」というのは,芹沢VS佐野山論争に引き寄せていえば,「広告はあくまでも“主人”(=広告主・商品)あってのものであり,表現として独立しているとは言えない」という佐野山の言い分を出発点としながらも,「それはそうなんだけどさあ,それはそうなんだけど,最近の広告ぐわんばってない?センスよくない?」というのを婉曲に表現したものであった。“自立した表現としての広告”,その存在証明という難問をサクッと乗り越える〈術〉,それが「サンタクロースの論理としての広告」にほかならなかった。ビジネスが,まだ“奥ゆかしさ”と“遊び”とを,その掌のなかにくるんでいた時代の話である。コピーライターとかCMプランナーとかアートディレクターとか,はじめて聞く職業の人たちが,若者たちにはまぶしかった頃のエピソードである。あれから四半世紀・・。

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