現代の大学生と「単位取得試験」 ― 2007年01月24日 23:57
先週から続いていた後期試験(年度末試験)が、終了した。自分の担当科目を含め本日は試験監督が3つ。試験になると異常なまでに仕事に励むボイラーマンがいるせいで、半そででもOKというくらいに暑すぎる教室と人いきれで疲れた。
いまの学生たちのありようをあらためて認識させられた日でもあった。一言でいえば、いまの学生にとって、大学という時空は授業にでるということだけで完結している、ということだ。昔の学生は(自分の時も含めて)、そうではなかった。授業・講義の時空を超えて知識欲を広げる日常があった。もちろん知識欲は、受講した講義をバランスよく蓋うということはなく、きわめてかたよった格好をしていた。だから「お手上げ」という科目も珍しくはなかった。ただ、ツボにはまれば制限時間をぎりぎりまで使って書きまくった。
その意味できょう監督した2つの時間は印象的だった。1時間目。自分の担当科目。論述式で、制限時間は60分。 開始から30分経過すると退出ができる。で、30分経った時に予想以上の数の退出者が出た。授業にでるだけで完結しているから、つまり自分で広げることをしていないから、「書きまくる」という快を知らないし、そもそも「書き出す」味さえ知らない。やまがハズれたら即おしまい。ダメもとで何かを書くというムダはけっしてしないいまの学生。2時間目。監督させられたのは持ち込みなんでもありの科目。形式は「穴埋め」。選択語句群があってその記号を文章に入れていくというスタイル。これだったら解答時間は10分もかかるまい、と予想した。しかし、これはハズれた。制限時間をフルに使った学生がほとんどだった。なぜか?ここでも「授業にでるだけで完結している」からというのがその理由だ。持ち込み何でもあり、の授業は、ようするに毎回その場にいるだけ。1年に2回だけ(前期と後期の試験の時だけ)テキストをその場で見る。つまり初見だから時間を必要とする。「授業には出るだけ」「知識欲をもたない、広げない」というのは、こうして制限時間のきわめて対照的な使い方に現れるというわけである。
それにしても、穴埋め式、選択式(4択、5択)の試験がゾロゾロという現実に驚かされる。
いまの学生たちのありようをあらためて認識させられた日でもあった。一言でいえば、いまの学生にとって、大学という時空は授業にでるということだけで完結している、ということだ。昔の学生は(自分の時も含めて)、そうではなかった。授業・講義の時空を超えて知識欲を広げる日常があった。もちろん知識欲は、受講した講義をバランスよく蓋うということはなく、きわめてかたよった格好をしていた。だから「お手上げ」という科目も珍しくはなかった。ただ、ツボにはまれば制限時間をぎりぎりまで使って書きまくった。
その意味できょう監督した2つの時間は印象的だった。1時間目。自分の担当科目。論述式で、制限時間は60分。 開始から30分経過すると退出ができる。で、30分経った時に予想以上の数の退出者が出た。授業にでるだけで完結しているから、つまり自分で広げることをしていないから、「書きまくる」という快を知らないし、そもそも「書き出す」味さえ知らない。やまがハズれたら即おしまい。ダメもとで何かを書くというムダはけっしてしないいまの学生。2時間目。監督させられたのは持ち込みなんでもありの科目。形式は「穴埋め」。選択語句群があってその記号を文章に入れていくというスタイル。これだったら解答時間は10分もかかるまい、と予想した。しかし、これはハズれた。制限時間をフルに使った学生がほとんどだった。なぜか?ここでも「授業にでるだけで完結している」からというのがその理由だ。持ち込み何でもあり、の授業は、ようするに毎回その場にいるだけ。1年に2回だけ(前期と後期の試験の時だけ)テキストをその場で見る。つまり初見だから時間を必要とする。「授業には出るだけ」「知識欲をもたない、広げない」というのは、こうして制限時間のきわめて対照的な使い方に現れるというわけである。
それにしても、穴埋め式、選択式(4択、5択)の試験がゾロゾロという現実に驚かされる。
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